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ニールと一緒に読む「神との対話」①

(日本語同時収録/音声ファイル)

3分   

 

「変われば、変わる」

ニールの最新のセミナーから

重要なポイントを凝縮!

(日本語字幕/音声ファイル)

15分

2012年

6月

09日

愛を受け入れる

 

あなたの人生の今日、この日。神は、あなたに知ってほしいことがある。

 

    誰かが、あなたを愛している。

    あなたが受け取ってくれることを切望しながら

 

 

誰かが愛してくれるようにと、神に頼んだね?

神はすでに、あなたの祈りを叶えている。

 

 

よく見てごらん。

よく聴いてごらん。

 

 

あなたを愛する人は、

今、あなたの世界にちゃんといる。

 

 

心の扉を開けて、彼らを受け入れなさい。

 

これは、夢物語ではないんだ。

 

 

たった今も、誰かが、あなたを愛している。

よく見て、よく聴いて、受け入れなさい。

 

 

あなたが、本当に分かるまで、何度でも言うよ。

 

 

たった今、あなたを愛している人がいる。

彼らを受け入れなさい。 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

                   I receive the love

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

  

 

福島、宮城、岩手、青森の4県にお住まいの方に

TRE(トラウマ解放エクササイズ)無料ワークショップを行います。

 

TREは、身体からのアプローチで「本当の自分に帰る」ためのツールです。

あれにでもできる簡単なエクササイズで、心と身体から重荷を取り去り、

「本当の自分」に近づいていくために、セルフケアを続けられます。

TREについての詳細は、http://www.tre-japan.com

 

 

 

☆☆ 宮城県 仙台市TRE無料 ワークショップ ☆☆

 

場所: 仙台開催 1 榴ヶ岡市民センター

 

6/12日(火) 15:0017:00 (18:0020:00

6/13日(水) 10:0012:00 13:3015:30 16:0018:00

 

詳細・お申し込みは、(ヒューマンさぽーとネット)

        http://kokucheese.com/event/index/38425/

 

 

場所: 仙台開催 2 太白区文化センター

 

6/14日(木) 13:0015:00 15:3017:30

6/15日(金) 13:0015:00 15:3017:30 (19:3021:30

6/17日() 10:0012:00 13:3015:30

6/18日(月) 15:3017:30 (19:3021:30

 

詳細・お申し込みは、(ヒューマンさぽーとネット)

        http://kokucheese.com/event/index/38323/

 

 

 

☆☆ 福島県 郡山 TRE無料 ワークショップ ☆☆ 

 

場所: 郡山市や野鳥の森学習館(和室)

 

6/29日(金) 10:0012:00 14:0016:00 (18:0020:00

6/30日(土) 10:0012:00 14:0016:00 (18:0020:00

7/03日(火) 10:0012:00 14:0016:00 (18:0020:00

6/04日(水) 10:0012:00 14:0016:00 (18:0020:00

 

詳細・お申し込みは、http://kokucheese.com/event/index/40397/

連絡先: Rainbow Dolphin (レインボウ・ドルフィン)

            e-mail: angel.in.action97@gmail.com 

 

 

 

☆☆ 福島・仙台でのTREワークショップ ☆☆

 

福島・宮城・岩手・青森の対象4県にお住まいの方は、どの日も、無料でご参加いただけます。現地に御親戚や知り合いの方がいらっしゃいましたらぜひお勧めください。

 

4県以外の方は、有料です。(12万円) 参加費は、東日本サポートのためのTRE活動に充てられます。福島にいらっしゃることで、復興のお手伝いにもなります。

 

全日程のどこからでもご参加いただけるように各セッション、エクササイズを繰り返していきます。 お仕事の後、夜だけの参加もOKですよ。

 

TREワークショップについての詳細は、TRE Japan ホームページ

http://www.tre-japan.com

 

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コメント: 11
  • #1

    second matter (土曜日, 09 6月 2012 13:20)

    一般的に、自分を愛してくれる人=自分の思い通りになってくれる人という思い違いが多くの問題を発生させているんですよね。

    自分が自由であることを許せれば、周りの自由が許せる。
    そしたら本質的には周りの人も自分を自由にしてくれているのが分かるんですね。それが愛を受け取るということかもしれませんね。

  • #2

    aae (月曜日, 11 6月 2012 04:29)

    愛を受け入れて欲しい、と望むなら、まず、愛を受け入れる。
    そんなふうにも読み取れた。
    力強いメッセージ、感謝です。

  • #3

    みゆ (火曜日, 12 6月 2012 02:25)

     受けとって いい愛があるとは ☆
     
     心をひらいて 微笑む。

  • #4

    (金曜日, 22 6月 2012 16:46)

    いつも、二ールさんには、よきメッセージを頂き、大変感謝致しております。
    今回の「愛を受け入れる」、ということについてなのですが……、
    すみません。もう、「完全に降参」です。「愛を受け入れる」ということが、どういうことなのか、正直に申し上げて、さっぱり、分からないのです。瞬間的に「それらしい、なにか」を感じることはあっても、そもそも、「愛」とは、何であるのか、どうしても分からず、「愛を受け入れる」となると、もう「五里霧中」な感じです。(「ひねくれて」とかではなく、本当によく分からないのです)
    二ールさんの「神との対話」の本、様々な本を読んだり、その他、あらゆる場面で、「愛」から発する(と、思われる)ありとあらゆることを行ったり、そうでないことは、しなかったり、自然と触れ合ったり、自己を静かに見つめ続けたり、「対話」したり、思いつく限りの様々なことを経てもなお、「愛で在る」こと、「愛を受け入れる」ことの意味が、分かりません。(すとん、と、腑に落ちて、なっとくする、といったらいいのでしょうか)分からないので、分からないままに、「これかな?」と感じるところに従って、日々を過ごしているつもりでは、いるのですが……。
    自分でなんとかして見つける、思い出す、ということが、本当はいいのかもしれませんが、もし、真の「愛」とは何か、「愛を受け入れる」とは何か、について、ご存じの方がいらっしゃったら、どうぞお教え下さい<(_ _)>

  • #5

    悠々 (火曜日, 17 7月 2012 10:11)

    このメッセージをじっくり読み返していたら、じーんわりと胸が熱くなってきました。
    名古屋のTREセミナーで、名前は知っていても今まで直接繋がりのなかった人たちから、
    「悠々さんとやっと繋がったー!」とハグされた時、
    >愛してくれていたんだ・・・。
    と、心が喜びに満たされました。

    女性消防士のhiroさん、ありがとう。
    身体は小さいのに、ハグのエネルギーがとっても大きかった。

    同じ地域に住んでいるのに、それも、すぐそばなのに、今まで
    リトリートで繋がることもなかったkanaさん。
    これから、もっとお話しようね。

    ゆっぱさん。Teaoさんをからかいながらランチできて、
    楽しかったね。本当に面白かった。

    ふふふ・・・。やっと会えたねsophyさん。イメージしていたままの
    おちゃめな人でした。nana&Joeさんに会えて、本当によかったね。

    そして、会場で共に学んだ多くのみなさん。
    みなさんのエネルギー(愛)をいただいて、きょうもお仕事がんばっています。
    ありがとう。

    nanaさん、あなたの愛が、さらに広く広くひろがってゆくのを見せていただきました。
    どこまで、広がるのだろう。ああ、そうか、∞ですね。

    Joeさん、あなたの愛が、さらに深く深くなっているのを感じました。そして、あなたのコメントに涙なしではいられませんでした。私は日本人なのに日本人でいることに誇りを持ったことがなかった。けれど、あなたから、私のなかにしっかりある日本人としての喜びを思い出させていただきました。本当にありがとう。

    愛や神なんて言葉が大嫌いだった私です。
    けれど今では、大好きになれました。
    皆さんの愛に、感謝です。

  • #6

    Satva (月曜日, 13 8月 2012 14:33)

    普通は自分のことをいつも一番に考えてくれる人、というのが存在していますよね。
    例えば親や配偶者や子供など。。いつも自分のことを想ってくれる。
    でもそういう関係者(笑)が一人もいない人、友人も仲間もほとんどいない人、
    そんな人は、自分の存在価値を感じられないでいると思います。
    日々の中で交わる人、行きかう人から愛情を感じ、受け取ることはできます。
    でもそれは、肉親から受け取るような強くて深いものではない。

    こんな状況にいる私は、「愛されることを求めるのではなく、自分が愛する側になればいいんだ」と思うようにしました。
    かつ、深いコミュニケーションの取れる人間がいなくても、神と繋がっていれば大丈夫。
    本当にソースと繋がっていれば、と思うようにもしました。

    それでもなお、人間には、人間の理解者が必要なのだと思うようになりました。
    でも心に重くのしかかるようなことや、悩んでしまうようなことを仲間や同僚に話すと、
    相手の負担になると気づきました。
    その人たちは自分の現実だけで精一杯で、私のことなど聞いている余裕はないとも気づきました。そして他人のことに興味が無い人が多いことにも気づきました。
    自分のことは話すのに、人のことは聞かない。そんな人も結構多くいる。
    それでも心に屈託があるような人を見ると、私から聞いて受け止めることは励行します。

    私はそうして、自分のことを話す相手を失くしたまま、ふと「なぜ生きなくてはいけないんだろう」と思うことが多くなりました。
    自分を分かち合えない、誰にも心を打ち明けられない(相手の負担になるから)、この塞がれた心の状態で私は、あとは神に「全てを受け入れます」と言えば完成ですかね(笑。
    ああ、追い詰められてるなあと思った時、神にサレンダーする以外ないのですね。

  • #7

    akane (月曜日, 03 9月 2012 04:23)

    「愛」を言い換えると、寛容である、大事に思う、事実をありのまま見る、見守る、微笑む・・・感じです。ただ、リラックスしてあるがままの本来の自分でいる。

  • #8

    second matter (火曜日, 04 9月 2012 14:07)

    全ては一つであるという完全性という意味の「愛」と
    分離の世界での幻想の「愛」があると思います。

    2つの世界は相関があります。
    2つの「愛」の共通性は「自分がここにいていいと思うこと」ではないかと。

    双方の愛をこの相対性の世界で楽しむこと、それが神の目的だったのかもしれませんね。

  • #9

    悠々 (水曜日, 05 9月 2012 00:53)

    神と人を分けて見ていた時、
    私は孤独にどっぷりと浸かっていた。

    神と人は分離していないのだと、ニールさんが教えてくれた時、
    安心感がわたしを包んだ。しかし、「私と神は分離していない」という認識に
    しがみつき始めたら、人はとの繋がりが面倒臭くなってしまい、また、孤独の海に入ることになった。

    見渡せば、人も神。あの人も神、この人も神、わたしを嫌いな人も神、もちろん私を好きな人たちも神。
    私を理解していない人たちも神。
    私の周りは、神だらけ。神しかいない。
    その思いにたどり着いたら、孤独は完全に消滅した。

    よーく考えて見たら、人は一人ぽっちになれないようにつくられている。

  • #10

    アルトリア (金曜日, 25 1月 2013 22:01)



    そうですね。
    万物は、、総てを慈しみ 愛している
    愛とはあらゆる感情の総和

  • #11

    S (水曜日, 15 5月 2013 14:11)


    Sと申します。

    まず、上記の欄に質問を提示しておきながら、長い間放置しておいて申し訳ございません。この問いを発して後、様々な事々があったのと、簡単に「愛とは何か分かりました」と書いてはいけないような気が(個人的に)しており、何がしか「分かった」という確信が持てたら、書こうと思っていましたら、一年近くが経過してしまいました。お詫び申し上げます。どうぞ、ご海容下さい。

    それで、「分かった」のかどうかですが、文字に表すのは難しいのですけれども……

    ①「愛」の「真逆」をとことん経験すると、人やいきもの、日常のどんなささやかな、ものごとの中にも、「愛」を感じる(受け取れる)。


    ②「愛」は、「気分」や「状況」ではなく、「存在」そのもの。


    ③おそらくは「愛」であることが、ひと本来の在りようであり、それは「至福」そのもの。


    のように、感じています。


    最初のニールさんの言葉にあった、「愛を受け入れる」というのは、「もともとそうである、本来のままであること」だという気がしています。


    この、「本来のまま」という、あまりにも「自然」といえば「自然」なことにたどり着くまで、ここまでかかりました。(本来は何も動いてないのですが、どうしても文字にすると矛盾を生じてしまうのです)

    様々に気づきのヒントを下さった皆さんや、ニールさん、心よりありがとうございました。改めて御礼申し上げます。


    WITH LOVE