あなたの人生の今日、この日。神は、あなたに伝えたいことがある。
あなたは、あなたが「していること」ではない。
あなたとは、その「在りかた」だ。
土
10
9月
2011
あなたの人生の今日、この日。神は、あなたに伝えたいことがある。
あなたは、あなたが「していること」ではない。
あなたとは、その「在りかた」だ。
あなたの「在りかた」は、
いつ、どこにいても
あなたが何者であるかを表している。
それは、
あなたが「している」こととは、何の関係もないし
これまで「してきた」こととも
これから「するであろう」こととも、関係ない。
「在りかた」とは、
あなたから発せられるエネルギーの質のことだ。
そのすべては、「愛」か「恐れ」の
どちらかに根差している。
けれどあなたは、いつでも好きな時に
「愛」に戻れるのだよ。
毎日の、今、この瞬間は、
そのためのチャンスなのだから。
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I return to Love
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数日前、成功している経営者の方の夢を聞くことができました。
それは聞いている人達を引き付けるすばらしいもので、愛そのものでした。
愛と成功はセットになっているのだと改めて感じられ、成功している方をどこかで批判していた自分を反省するよいきっかけにもなりました。
あなたは、あなたが「していること」ではない。
あなたとは、その「在りかた」だ。
の理解をもう1段深められた気がします。
メルマガ/フォーラムでくり返し登場している
『あなたの人生は、あなたとは何の関係も無い』という言葉に対して
「ガツン」という衝撃のような厳しさを 私は感じたのですが、
今回のインスピレーション『愛に戻る』には 寄り添ってくれるような優しさを感じました。
***
学生の頃、「もうこんな自分は嫌だ、変わりたい!」と思うと、
ディケンズの小説「クリスマス・キャロル」の主人公スクルージが
物語の最後で変容したくだりを思い浮かべ
「私も変われるんだ!」と自分を鼓舞していました。
でも
「昨日まで仲が悪かった人に対して、それまでのわだかまりを解消しないまま
急に親しげな態度をとったら、相手は憤慨するかもしれない」と理由をつけ、
結局スクルージのようには大胆に変われませんでした。
『あなたの人生は、あなたとは何の関係も無い』という言葉には
スクルージのような劇的な変化を要求されている気分にさせられましたが、
一方、今回のインスピレーション『愛に戻る』には
「私自身の判断基準を変えるだけで良い。第三者が気づくような行動じゃなくても良い。」
と許してもらえたような気がしました。
そう感じた背景には、今年の2月から向きあっている職場の「対極」があります。
以下、長くなりますが職場の対極のことをかかせて下さい。
※『フォーラムや本で学んだこと(知識やルーツ)の使い方』に関する私個人の経験のシェアです。
「対極」・「エゴの暴走」という言葉が出てきますが、それほど苦しんではいませんから
どうぞ心配なさらないで下さい。紛らわしくて申し訳ありません。
***
今年の2月頃『他人の真実をその人に語る』という言葉を私なりに解釈し、
職場の同僚を助けようと行動したのですが、期待した結果は得られませんでした。
その原因を「自分自身の癒し」が終わっていないせいだと考え、
eコースをやり直したかったのですが、現在進行形の問題には取っ掛かりを見つけられず、
エゴも暴走するので、うまく取り組めませんでした。
そこで、今年の5月のnana&Joeさんのセミナーで学んだ「気質」を使うことにしました。
分離状態の私はまだ「4つの気質」を理解できていないので、とりあえず
私自身のメインの気質を職場で活かすことにしました。
2度ほど試したのですが、又もや期待した結果は得られませんでした。
今の私は「人/出来事に対して絶え間なくジャッジし、殆どの行動は恐れに基づいている」
ということを つくづく理解できました。(T_T)
もう他にはDoingを思いつけないなぁ・・・と途方にくれた時、
「何をやっても『ちっぽけな私< i >=エゴ』による行動になってしまうのなら、
『Beingを表現せねば』と無理に自分から行動するのをやめよう」と思いつきました。
「自分から行動しない」と決めても、職場では何もしないでいることはできません。
職場には目標や納期があり、同僚・上司・社外関係者などの外部的要因があります。
私がじっとしていても 外部的要因(外部の出来事)は変化するので
それにあわせて私も行動/発言せざるを得なくなります。
その変化に しばらく任せてみよう、と思ったのです。
「外部の出来事」により、私が行動/発言する必要性に迫られた時は、
その時点でBeingを表現できるよう心がけ、
結果が 愛ではなく恐れに基づく行動になってしまったとしても
(Beingを心がける間もなく反射的に行動してしまったとしても)、
その時はそうするしかなかったのだ、と自分を許すことにしよう。
・「外部的要因の変化」の傾向 や
・毎瞬毎瞬の自分の行動はどのような「恐れ」に基づいているのか を見ていれば、
そのうち 何か気づいて、また別の方法を思いつくだろう・・・
と考えました。
すると
「何さぼろうとしてるのさ。それとも自暴自棄?自分に甘いんじゃないの。
何か改善につながる行動をしなくちゃ。
状況をみて 考えうるリスクを抽出して
不利な状況に追い込まれぬよう、
巻き込まれても最小限の影響ですむよう、先手をうたなくちゃ。
それに、
困っている同僚に手を差し伸べないのは間違っているんじゃない?
『他人についての真実をその人に語る』のではなかったっけ?傍観者でいいの?
Beingを表現すべく自分からアクションを起こさなくていいの?」
とエゴ君が何度も囁いてきました。
「今までそのように行動してきて、逆効果だったでしょう?」
とエゴ君に抵抗してみるのですが、
「『何もしないで外部的要因の変化に委ねる』という方法は
エゴの幻想にはまっているのではないか?」
と不安になってきました。
何がエゴの幻想か判らなくなっていたところへ
今回のインスピレーション『愛に戻る』が届きました。
新しい方法をしばらく試しても良い
と言ってもらえたような気がしました。
以上です。
※近況報告程度に読み流して下さい。<(_ _)>
※他の方にこの方法をお勧めしているわけではありません。
私自身は上記以外にeコースを再開する機会をうかがっています。
何か「細胞レベルの理解」が得られたらセミナー「気質」のページでシェアさせて下さい。
相変わらずの長文で申し訳ありません。ニケ
