知さん、さっそくありがとうございます!
初めは、ちょっと難しく感じるかもしれませんが、実際に取り組んでみると、書いてあることが人生に直結した真実だけに、「なるほど、なるほど…」とどんどん展開していくようになります。
これが直接「神を経験する」ことにもなるんですね。
(受験予備校じゃありませんが)私たちがとことんサポートします。わからない点があったら、気兼ねなくご質問くださいね。
たくさんの方々に役立つことになりますから。
月
05
9月
2011
ニール・ドナルド・ウォルシュ最新刊!
* ↑ こちらのリンクからご購入いただいた際に、アマゾンからアフィリ料として
このHPに入るの収益金(4%)は、より明るい世界を創造するための活動に寄付されます。
詳しくは、Be the Source のページ をご参照ください。
音声セミナープレゼント!
2010年 12月1日、サンマークから出版されたニール・ドナルド・ウォルシュの最新書
「変えれば、変わる」 ← このリンクから購入すると、寄付ができます!
* 原題は"When Everything Changes, Change Everything"
私たちは頭文字を取り"WECCE"(ウェッケ)と呼んでいます。
この本には急変する現実に直面する人類のためのガイドブック、変化によって私たちがどう変わるかを変える精神的、霊的(スピリチュアル)な道具(ツール)の具体的な使い方が書いてあります。
第1部では、マインドのメカニズム(本では頭:理性はどう働いているか、と翻訳されています)
第2部では、魂のシステム(働き)
古代からの智恵と最新鋭の科学、心理学、形而上学、今日のスピリチュアリティー を包括する考えであり、この激動の時代を生きるために最高に便利で、力強い1冊なのです。
ただ、1度読まれただけでは、真の理解に達するのが難しいところがあるかもしれません。内容が単純とは言い難いこともありますし、人生を飛躍的に改善してしまうこの方法は、変化を嫌うエゴにとっては、とんでもない邪魔者であるため、エゴの必至の抵抗に出会うことになるからです。
でも、その時にあきらめないでほしいと思います。
これほど素晴らしく役に立つツールを、あなたが確実に人生に用いることができるまで、ほんとうに理解していただきたいと願っています。
私たちはみんなつながり合った「ひとつ」であり、この「変化の瞬間」を共に生きています。
今このサイトにつながり、お互いのサポートを得られる状況にある方が、現在1000人程です。そのお一人であるあなたが、この本にある内容をマスターし、ツールを使って、まず自らの人生を飛躍的に向上させてください。
それからぜひ、身の回りの愛する人たちを助けてほしいと思います。
私と呼ぶ「ひとつ」の存在の1点が癒されることは、出発点です。「あなた」の指先の1個の細胞が癒されても、「あなた」全体が癒されたことにはなりません。でも癒された1つの細胞が周りを癒し、その癒された手が、身体全体を癒すことは可能です。臨界数(クリティカル・マス)と呼ぶ現象はこのようにイメージできるかと思います。
幸いにもいち早くこのツールとそのマニュアルを源(ソース)からしっかり受け取ることのできた私たちは、私たちにできる限りのことをして、みなさんのお手伝いをしようと思います。ここにあるリソースを存分にご活用いただけますように願っています。
さて、上にあるWebセミナーはその一つです。もうご覧いただけましたか?
世界中から数千人がアクセスしたセミナー(有料)を、今回ニールさん特別にお願いして、日本の皆さんに無料でお届けできるようにしました。元の90分程のセミナーの一番重要なポイントを約15分に凝縮したものに、日本語の字幕をつけてあります。本を読む前に、読んだ後に、何度でも繰り返してお聴きください。聴くたびに、脳の回路に新しいドアが開くでしょう。
人生は、喜びと成長のためにあります。私たちは、苦しまなくていいのです。
私たち一人ひとりが最高の人生を送り、その輪を広げていくことで、人類全体が、
世界が、健やかに、平和になるのです。
*下のコメント欄から、フォーラムご参加ください。ご質問もお受けします。
nana&joeさん。HPをご覧の皆さん。
こんにちは。知です。
昨日、メールを頂いてすぐに注文しちゃいました。
今日は本屋さんでチラッと「まえがき」を立ち読みしました(笑)
その場で別に1冊購入しようかとも思ったのですが、
「今」では無いような気がしたので、踏みとどまりました。。。。
「まえがき」だけなので、何も解りませんが、
今までの本に比べて、ちょっと難しそうな気がして、
きっと何度も読み返してみないと理解できないのかなーなんて感じました。
そして先ほど音声ファイルを聞かせていただいて、少し楽な気持ちになりました。
きっとベストなタイミングで届くのだろうと思い、
楽しみに待ちたいと思います。。。
ウィッシュさん、つながってくれてありがとう。
たつおさん、Little Wingさん、そして見守って、心を寄せてくださっているすべての皆さん、ありがとう。
今、ここに関わるお一人お一人の創造している世界の完璧さ、つながっている"ひとつの"完璧さに胸打たれています。ありがとう。
さあ、ウィッシュさん始めましょう!今こそ実地で
1)変化は「良い」方向へしか変わらない。
2)―でも、これは本当か?
を確かめるチャンスが来ました!
前回最終的な答えに行き着かなかった理由は、これです。
「これは本当か?」という問いに、誰かからの(それがどんなに素晴らしい人であったとしても)答えを当てはめてはいけないのです。
自分自身で、細胞レベルで経験すること。これが、本当に「知る」ことであって、私たちがこの世界に生まれた理由です。
この前、子猫ウィッシュさんを母猫がくわえてるようだと申しましたが、本当にそうなんだと思います。
ただし母猫は、雲の上にいる神様ではなくて、ウィッシュさんの魂。くわえられている子猫は、ウィッシュさんが、「自分だと思っている」マインドの自分です。
意識には、4つのレベルがあります。(神との友情・上巻・6章)
1)潜在意識:身体の意識 無意識の創造
2)顕在意識:マインドの意識 制限つきの認識 意図的創造
3)超 意識:魂の意識 充分な認識による現実の創造
4)超絶意識:身体・マインド・魂が一体となった意識レベル
究極的創造 悟り
今のウィッシュさんは、この3)の意識(母猫)が、人生の手綱を握っています。
なぜそうなったかといえば、「生命は、機能し、適合し、持続する」ためで、魂の認識では、
これまでのウィッシュさんの創造が「本当の自分」を表現するために機能していないと判断したからということになるでしょう。
何も、これまでが間違っていたとか、悪いということではありません。
それより、ウィッシュさんの進化に現実が伴っていない、充分でない。
「本当の私は、もっと、もっと大きいのだ!」と言っているのです。
でも、2)の顕在意識のレベルでは、3)の意図は理解/認識していません。
だから今のウィッシュさんは、コメントのように感じているのでしょう。
ここで、先の疑問に帰ります。
1)変化は「良い」方向へしか変わらない。
2)―でも、これは本当か?
これを知るには、二つの方法があります。
1つ目は、長期的な視野で見ること。
このフォーラムでもたくさんの方が経験していらっしゃるように、人生で最悪と思われた出来事が、
10年、20年経つと、「ああ、あのことがあったからこそ、今の幸せがある」と気づくのです。
世界的な偉人や成功者たちのほとんどが、「あの惨事があったからこそ今がある」と口を揃えて言うのを聞いたことが、必ずあると思います。
2つ目は、この本にあるツール「魂の視座」から、今を見ることです。
このツールの優れている点は、1つ目の方法のように、10年、20年の歳月を、分からないまま、苦しむ必要がないということです。
必ずそうなることを、今、「知る」のです。
*長いので、分けますね。
nana&Joeさん、はじめまして。
「変えれば、変わる」を読み始めました。
そして、こちらの「人生の再創造」のフォーラムを、すべて読ませていただいた正直な気持ち。
・・・苦しいです。
ここに参加されている皆さんは、信じられないような素晴らしい変化を遂げられている。
でも、私には無理だ、って思います。私には縁の無いことだって。
そして、皆さんの素晴らしい変化を祝福する気持ちにもなれません。
羨ましくて情けなくて、酷い気持ちです。
途中、皆さんの苦しみの吐露の部分では、気持ちが良かったんです。
あはは、最低ですよね。
そういう部分では、共感できる、分かる、私も同じだって、安心して嬉しくて。
でも、皆さんが変わっていって、喜びに満ち溢れている終盤では、
怒りのような、悲しみのような気持ち、情けなさ、嫉妬・・・
そういった感情のミックスで、呆然としています。
気付いた時には、私には愛が無い、人から愛されることも無い、それが固い信念のように私の中にありました。
人との繋がりを感じられない。
やっともらった優しさや愛も、すぐにこぼれて何も残らない。あっという間に過ぎ去ってしまう。
表面だけ取り繕って、頑張って来たけれど、
心の中は常に虚しい。空っぽなんです。
生きている意味なんて感じられません。
感謝も思いやりも無く(表現したとしても、それらはニセモノです。)、傲慢に、自分のことばかりを考えて生きて来ました。
そして、自分より幸せに見える人、愛を持っている人に、嫉妬して、恐れて、苦しくなって。
スピリチュアルを知って、それらが「思い込み」であり、過去のデータから来ていることを、知識として知っても、
そこから抜け出せません。
(ちなみに、私は子どもの頃の記憶がほとんど無いので、過去を思い返して感情を再体験するようなワークができません。)
私なりに、自分と向き合っているつもりなんです。
(でも、この「つもり」というのが、本気じゃない、甘いということなのでしょうね・・・。)
でももう、どうしたら良いかが分からない。
たまに、少し変わった気になって、気分が良いときがあっても、愛が溢れたりなんかしない。
世界が美しく見えたりなんかしない。
人に優しくすることもできない。
どこまで行っても、自分、自分、なんです。
そしてまた、すぐにこの虚しい、空っぽな、寂しい世界に逆戻り。
変わりたいんです。
愛を知りたい。
自分のことも人のことも、上辺じゃなく、心から愛したい。
人生を愛したい。
でも一方で、私自身が、
「何をやっても無駄だ。私が変われるわけが無い、愛を知る日が来るはずが無い。
誰もが変われる、誰もが素晴らしい存在だって?笑わせるな。夢なんか見るな。期待したって叶う訳が無い。
どうせこれが私の人生だ。」って、すごい力で叫び続けるんです。
「ここに居る人たちは、表面はどうあろうとも、誠実で真摯で素直で優しくて愛と情熱があって、おまえとは違う人間なんだよ。」って。
それがエゴの声だというのも分かります。
エゴの性質も分かります。
すごく変化を怖がっているのだということも。
ここで踏ん張らなきゃと思っても、負けてしまいます。
逃げることも、踏ん張ることも、説得することも、仲良く付き合うこともできない。
・・・私、変わりたくないんでしょうね。逃げたいんでしょうね。
笑っちゃいます。
なまじっか、スピリチュアルな知識を得たばかりに、アタマで捏ね繰り回して、分かったような気になって。
でも、なにひとつ分かっていないんです。
アタマは、すごい勢いで色々なことを分析して、自分自身についてさえも、言い返せないほど完璧な答えを弾き出します。
自分で言うのも何ですが、自分の観念やエゴの仕組みも、よく理解していると思います。
でも、自分が何を望んでいるか、どうしたいのか、それが分かりません。
けれども、こうしてまた、被害者として、可哀相な自分として、人に甘えて同情を貰おうとしている自分の醜さ、弱さには、気付いています。
こんなことを、もう何年もやっています。
同じことを繰り返すばかり。
出口が見えません。
最近では、変われると信じること、頑張ることにも疲れて(大して頑張っていないのですが)、もう本当にずっとこのままなんじゃないかと思い、それも怖いです。
勝手なものですね。
長々とこんなことを書いてしまい、申し訳ありません。
でも、もう限界だった。
頑張って、「私は変わった、良くなって行っている」フリをするのは、もう辛いです。
このフォーラムを読んで、それが爆発しました。
どこかで自分を誤魔化していることは分かります。
でも、どうしたら良いのかが本当に分かりません。
あー、全部吐き出しました(笑)
でもこうして、吐き出すことを許してくださる場があることは、本当にありがたいですね。。。
(でも吐き出しすぎか~(^_^;))
ありがとうございます。
いつか、nana&Joeさんにお会いしたいです。
imua
imuaさん
こんにちは♪tinkと申します。
imuaさんの苦しい思いをここではきだしてくださった勇気に感謝します。
ありがとう。
わたしはココにつながることでどんなに救われたことでしょう。
どんなにnana&Joeさんやみなさんに愛をいただき寄り添っていただいたことでしょうか・・・
imuaさんの新しい門出を感じています。
imua さま
こんばんは。
Green と申します。始めまして。
>頑張って、「私は変わった、良くなって行っている」フリをするのは、もう辛いです。
このフォーラムを読んで、それが爆発しました。
良かったですね、爆発して。
ここに書き込んだのだから、「変わったフリ、良くなったフリ」はもうしていませんよね。
子供の頃のご記憶がないということですが、、、。
あまりに辛いことが多いと、自分を守るために記憶すら失うと聞きます。nana さんも書いていらっしゃったと思います。そのあたりのこと、imua さんは、大丈夫ですか?ご自身では記憶が無いということをどうお考えなのでしょうか。とても気にかかります。
Green
imuaさん
はじめまして。つきといいます。^^
よく思い切って書き込んでくださいましたね。
そして、ここにきてくださってありがとうございます。^^
imuaさんのおっしゃっていること
経験は各々違っているとはおもいますが
さまざまの葛藤やお気持ちよくわかります。
何故ならじぶんも通ってきた道で
そして、いまはその道の続きをあるいているからです。
ただ、きっと自分のなかで
昔と大きく変わっているのは
あたふたしている自分でさえも静かに見つめている自分がいることや
助けがほしいときに
すなおに『助けて』といえる自分がいて
そしてそれを受け止めてくれる仲間がいることでしょうか。
*
imuaさんのコメントを拝読して感じたこと
それは、爆発した、吐き出したと書いてはおられるけれど
そういうご自身の本音の部分を否定するようなコメントがちらほらと見えて
本当は吐き出しきれていないのではなかろうかということでした。
>自分で言うのも何ですが、自分の観念やエゴの仕組みも、よく理解していると思います。
でも、自分が何を望んでいるか、どうしたいのか、それが分かりません。
あくまで、わたしの経験上、なんですが
自分の本当の望みを知るには
自分の中からどんどん出てくる『まっくろなきもち(わたしのイメージです)』を
ジャッジすることなく、ただ見つめることからはじめるといいかなとおもいます。
『まっくろなきもち』は自分にとって
あまり見たくないものではありますが
それでもじっと(ふんばって← 最初はそんな感じでした)見つめ続けると
その奥にきらりと『本当の自分』がみえてきます。
せっかく、勇気をだして書き込んでくださったのですから
いまここから『本当の自分』をみつめていきましょう。
いっしょに歩んでいきましょう。
imuaさま
ここに来てくださって、ありがとう。
「変えれば、変わる」読み始めてくださって、ありがとう。
メルマガ(読んでくださってますか?)にも書いているように
あなたが、そうやって幸せを求め、自分を見つめ、言葉にし、成長していることは、
(たとえimuaさん自身は、今とても苦しく希望が無いように感じていらっしゃっても)
つながっている私たちみんなの成長であり、人類の進化そのものです。
きれいごとで言ってるんじゃないんですよ。
今、私たちが全霊を込めて取り組んでいるのは、
まさにimuaさんのようなお気持ち、状況にいらっしゃる
大切な私自身、私たちの一部である方々が
苦しみから抜け出す手助けをすることです。
> 感謝も思いやりも無く(表現したとしても、それらはニセモノです。)、傲慢に、自分のことばかりを考えて
> 自分より幸せに見える人、愛を持っている人に、嫉妬して、恐れて、苦しくなって。
> スピリチュアルを知って、それらが「思い込み」であり、過去のデータから来ていることを、知識として知っても、そこから抜け出せません。
>(ちなみに、私は子どもの頃の記憶がほとんど無いので、過去を思い返して感情を再体験するようなワークができません。)
このように感じられるのは、imuaさん(に限らず、同じように感じている多くの方々)が
「甘い」とか、本気じゃないとか、努力が足りないとか
スピリチュアルな知識がないからダメなのだとか
全く、そんなことでは無いのです。
その理由はちゃんとあって、それはimuaさんだけのことではなくて
でも、それを癒すシステムは、ちゃんと私たちの身体のなかに
はじめから組み込まれているのです。
神は、私たちに「苦しむ必要はない」と言います。
私たち手立てが無いのなら、神はそんなこと言いませんね。
メルマガ書いてると、膨大な量になってしまって
「超シンプル…」にするのに、手間取ってます。
(待っててくださる方、ごめんなさい)
imuaさん、「変えれば、変わる」読み続けてください。
そして、また来てくださいね。
無理して、気分がよくなったと返事する必要はありません。
読むだけでも構いませんから、つながっていてください。
Power of Love!
先日、imuaの名前で書き込みさせていただいた者です。
naoと申します。(ややこしくて申し訳ありません。)
爆発した勢いで書き込みをしてしまい(その割には冗長に。。。)
申し訳ありませんでした。
書かせていただいたことで、少し冷静になることができました。
あれはすべて私の正直な内面ですが、
実際は、あの内容だけが全てではなく、
いま、自分が非常に揺れ動いているような状態で、
(「変わったかも」と嬉しく思った翌日には、「全く変わっていない」と失望するような、そんな定まらない状態です。)
このフォーラムを読んで、そのネガティブな面が刺激され、激しく噴出したような状態だったと思います。
自分でも、何年か前に比べると、かなり落ち着いて来たと思います。
イライラや不安感が非常に強かく、
そして、常に、消えてしまいたい、リタイアしたいという気持ちだったのですが、
だいぶ穏やかになって来ました。
「楽しい」と感じられる時間も増えました。
でもそれが、「変化」なのか、
幸せや穏やかさを求めるが故の自我の擬態なのかが分からないのです。
追い求めることによって、そういう状態を、どこか無理をして自分が「創り出している」ような気もしてしまうのです。
なぜなら、相変わらず、虚しさ、寂しさ、そして、「自分には何も無い、空っぽでニセモノだ」という思いが、
ふとしたことで、自分の中で吹き荒れるからです。
繋がりや愛といったものを感じても、それはほんの一時で、すぐに過ぎ去ってしまいます。
「いまにすべてがある、満たされている」ということが、分かりません。感じられません。
根本は何も変わっていないように思えて、そこから来る焦燥感に苛まれることが度々あります。
愛を感じられない自分、虚しさでやり切れなくなる自分も、
「素晴らしい変化」を求めて焦っている自分もまた、紛れもなく今の自分。
無理をして「変わったつもり」になるのではなく、それを嫌わない勇気が必要なのかもしれません。
コメントをくださった、tinkさん、Greenさん、つきさん、そしてnana&Joeさん、
本当にありがとうございました。
長くなりましたので、ここで一旦コメントを終わらせていただきますm(_ _)m
>tinkさま
>imuaさんの苦しい思いをここではきだしてくださった勇気に感謝します。
こんな風に言っていただけて、嬉しいやら恐縮するやらです。
実際は大して苦しくないくせに!という、恥ずかしい気持ちもあります。。。
先ほど、少し「2010/12/4~5 スピリチュアル・リニューアル・リトリート」のフォーラムを読ませていただきました。
皆さんが、シェアする・与えることを常に意識し、実践していらっしゃること、
ご自身と仲間、nana&Joeさん、そして神(魂)といったものを深く信頼されていることが感じられて、
圧倒され(驚きさえ感じます)、感動すると同時に、やぱり、羨ましい気持ちにもなりました(笑)
上手く表現できませんが、このフォーラムには、「何か」(愛、かもしれません)が溢れていると感じます。
皆さんのようになれたらな、と思います。
・・・こんな風に感じられる日もあるんですけどね(^_^;)
コメントをいただけて、本当に嬉しかったです。
ありがとうございます。
>Greenさま
改めまして、naoと申します。
コメントをくださって、ありがとうございました。
>良かったですね、爆発して。
>ここに書き込んだのだから、「変わったフリ、良くなったフリ」はもうしていませんよね。
Greenさんのお言葉に、何故か胸がチクっと痛みます。
「書き込んだからって変わらないよ!」と言いたいのか、
まだまだ変わるのが怖い、認めたくない、「フリをしていたい」自分が痛みを感じるのか。
・・・ごめんなさい。
でも、Greenさんの率直なお言葉、とても嬉しかったです。
ありがとうございます。
子どもの頃の記憶が無いことについて、自分では、思い当たる節はありません。
酷い虐待を受けていた・・・などということは、恐らく無いと思います。
ただ、私にとって、全く甘えられない、愛情が感じられない、安らぐことのできない家庭ではありました。
「私のことなんて誰も愛してくれない、死んで消えてしまいたい」という当時の感情だけがぼんやりと残っていて(それさえもリ
アルな感触はありません)、あとはグレーで塗りつぶされてしまったような感じです。
「あまりにも自分の本質とは掛け離れた環境だったために、記憶が無い可能性がある」と言われたことがあります。
自分では、昔から自分自身に対して、どこか他人事のような感覚があることと、
大人になってからのことも、過ぎ去ったことはすぐに自分の中で「遠く」なってしまうことから、
「もしかしたら、記憶が無いのは、真剣に生きていないからなのかも」という感じがあります。。。
他人事のような感覚、乖離感のようなものがあるのは、どこで自分に嘘をついているからかもしれません。
>つきさま
はじめまして、naoと申します。
優しいお言葉をありがとうございました。
このフォーラムの皆さんは、本当に温かい方ばかりですね。。。
そして、ネット上であるにも関わらず、つきさんの仰る「仲間」ということを、すごく感じます。
憧れます。
つきさんも通って来られた道、なのですね。
「2010/12/4~5 スピリチュアル・リニューアル・リトリート」のフォーラムにも、本当に共感できるコメントをされている方がい
らっしゃって、多くの人が通る道なのかな、と思ったり。
(でもマインドは、「私だけには無理だ、変われない」と言いたがります。すごい特別意識ですよね(^_^;))
>そういうご自身の本音の部分を否定するようなコメントがちらほらと見えて
>本当は吐き出しきれていないのではなかろうかということでした。
つきさんのおっしゃる通りかもしれません。
そして、吐き出しきれていない、というよりも、自分としっかり向き合っていないからかもしれません。
内観をしていても、だいたい、「あ、こういう思い込みがあるからなんだな。」ということは掴めるのですが、
どこか手ごたえが無いというか・・・。(言葉で表現しづらいのですが。)
向き合っているつもりでも、『まっくろなきもち』、その原因をアタマで認識しているだけで、無意識に「感じる」ことからは逃げ
ているのかもしれません。
覚悟を決めたはずなのに、怖いのでしょうかね。
「いっしょに歩んでいきましょう」と言ってくださって、とても嬉しかったです。
ありがとうございます。
>nana&Joeさま
nana&Joeさんの大きな愛、こちらのフォーラムの皆さんの愛は、さすがの私も感じられるみたいです(笑)
こうしてnana&Joeさんから言葉をかけていただいて、とても嬉しいです。
>「甘い」とか、本気じゃないとか、努力が足りないとか
>スピリチュアルな知識がないからダメなのだとか
>全く、そんなことでは無いのです。
「私だから無理なのだ、ダメなのだ」と思いますが、同時にそれは、逃げでもありますよね。
このままの方がラクだよ、変わるなんて怖くて面倒なことを選ばなくてもいいだろう、って、マインドは囁き続けます。
マインドと自分自身がしっかり一体となっている私には、それは、「私自身の奥底の声」でもあります。
(「マインド・エゴ、そして経験はあなたではない」と言われても、「???」です。)
でも、それを癒すシステムが私の中にもある・・・。
そうなのですね。
それを、自分の中に見つけたいです。実際に、感じたいです。
>読むだけでも構いませんから、つながっていてください。
ありがとうございます。
どうか、私も、繋がらせてください。
あと、申し訳ありません、ひとつ質問させてください。
eコースをやってみたいと思うのですが、こちらは、昔の記憶が無くても取り組める内容でしょうか。
(子どもの頃の記憶はほとんど無く、また、20歳くらいまでの記憶もかなり曖昧です。自分の感情・感覚さえも「遠い」です。
本当に、どうしてこんなに覚えていないのか。。。(T_T))
お時間のある時に教えていただけますと幸いです。
よろしくお願い致します。
naoさん
丁寧にお返事くださって、ありがとう。
幸せに生きよう、真剣に向き合おう、というお気持ちが伝わってきて。嬉しいです。
>自分自身に対して、どこか他人事のような感覚
というのは、離人症といって、あなたを守るためのマインドの働きです。
名前がついているくらいですから、たくさんの人が経験していることなんですよ。
同じように、記憶が無いのも、マインドが働いて、現時点でいっぺんには
消化しきれない経験で、あなたが押し潰されてしまわないようにしているのです。
今のところ、naoさんにとって、あんまり気持ちの良い状態では無いかもしれませんが
それでもマインドは、あなたを必死に守ってくれていることには変わりありません。
だから今、生きているのですよ。
生きていたら、必ず変化していきます。
そして、変化は、いつも「良い変化」です。
eコースは、一生もののセルフヒーリングの道具です。
その時々に癒せる分を癒していくと、次に向き合える分だけの記憶が戻ってきます。
どんなときにも一緒に歩いてくれる心強い友人のような存在になるでしょう。
つながってくれていて、ありがとう。
メルマガも読んでいてくださいね。
nao さま
こんばんは。Green です。
お返事ありがとうございました。
nana & Joe さんの nao さんへのコメントを拝見して、私もまた『変えれば、変わる』を読み始めました。
やはり、本を通して聞こえて来るニールさんの声が、初めて読んだ時とは違って聞こえます。
>「ネット上であるにも関わらず、つきさんの仰る「仲間」ということを、すごく感じます。憧れます。」
と書いていらっしゃいますが、nao さんももう既に仲間ですよ。
また書かせていただきます。
Green
naoさん
再度、はじめまして。^^
お返事ありがとうございます。
そして
わたしのなかの『ひかり』をみてくださって
こちらこそありがとうございます。^^
>でもマインドは、「私だけには無理だ、変われない」と言いたがります。
わたしもなんだか調子の悪いときはそんな感覚になりたがりますよ。(ときに、ね。^^;)
でも
nana&joeさんが書いてくださっているように
>生きていたら、必ず変化していきます。
そして、変化は、いつも「良い変化」です。
すべての変化はよい変化なのだと
いまはしんじていますし、実際そうなっていると感じています。
実は先日、合気道を始めると宣言しながら
いま、腰を痛めたりいろんな不調で
いままでの常識でかんがえると
とてもじゃないけど合気道などできる身体ではないのですね。
以前のわたしならどうしようもなく落ち込んで、うずくまっていただけだとおもいます。
でも、昨日の帰り道ふと
『わたしはこの体験からなにを思い出したがっているのかな?』とおもいました。
そして、合気道にご縁があることを疑わずにしんじている自分がいました。
体験で参加したお稽古が
疑いようもないくらいのよろこびだったからです。
naoさんもここにたしかにたどり着いたのです。だから大丈夫。
naoさんの中にある『恐れ』もやさしく抱きしめて、いっしょにいきましょう。^^
naoさん
お返事ありがとうございます。
>上手く表現できませんが、このフォーラムには、「何か」(愛、かもしれません)が溢れていると感じます。
そうなんですよ☆ここにはnaoさんがお感じになっていらっしゃるように
「何か」が溢れています(^^♪
その「何か」が何であるのか。
例えば「愛」だったり「繋がり」だったり「信頼」だったり・・・
それを選択できるのはnaoさんご自身です。
ここは宝島です。naoさんのお好きなものを選んでくださいね。
わたしも今までこのフォーラムで選択して受け取らせて頂いてきました。
今日もつながってくださってありがとう☆
「変えれば、変わる」を読み終えました。
ニールさんの言っていることは、アタマでは分かります。
それができればラクになる、ということも。
でも、エゴがとても抵抗します。
感じたことを書かせていただきます。
観方・視座を変えることについて、「そんなの誤魔化しだ」と感じます。
「『創り出した事実』も何も無い。だって、○○が起きたら△△と感じるのは当然だ」、とも思います。
例えば、失恋した時。
「大切な人を失ったら、もう愛されていない自分を思い知らされたら、悲しいし辛いに決まってるじゃないか!
事実は『恋人と別れた』、それだけ?そんな訳が無い!!」
この場合、「事実」に「恋人と別れたら→悲しい、辛い」まで含まれる、と感じるし、それが「当たり前」だと思います。
そして、それを「良い方への変化だ」と考える(言い聞かせる)ことは、欺瞞、誤魔化しに思えるのです。
でもこれは、本にも色々な例が挙げられていますが、大抵の人はそう反応するでしょうね。
そこを超える勇気、覚悟を持ちたいのですが、
私は、「怖い、イヤだ!」と、全然進もうとしてません。。。そこをぐるぐるしています。
「良い方への変化だ」と考える(言い聞かせる)ことと、悲しみなどの感情をしっかりと味わうことは、別のことなのでしょうか。
(「すべては良い方への変化だ」というのは、
私にとって、腑に落ちた、完全に理解できた「事実」ではなく、
そう思いたい、そうであって欲しい、ということでしか無いため、「言い聞かせる」というニュアンスになります。)
「観方・視座を変える」というのは、感情をしっかりと受け止め、味わった後に、できることなのでしょうか。
私は、「与える」ということにも、非常に抵抗を感じるのです。
「まず与えることだ」とよく言われますし、それが真実だとも感じるのですが、
実際にやろうとすると、ものすごいエゴの抵抗に遭います。
「そんなことをしたら損をする!」「どうして私がやらなきゃいけない?」「イヤだ!!!」
「やってしまえばいいんだよ、思い切ってやってみようよ。」と声をかけても、余計に抵抗が強くなるばかり。
「自分の」声なのに、感情なのに、抗えません。
そして、それほど強いエゴを持つ自分が、意地汚い、愛の無い、情けない人間に思えて、つい自分を責めてしまいます。
この抵抗の根っこには、「嫉妬」や「欠乏感」があると感じますが、まずはそこを満たさない限り、この抵抗は続くのか?と思います。
と同時に、「そうじゃない、つべこべ言わずにまずやってみることだ。それができない私は弱い、自分のことしか考えていないダメな人間なんだ。」という思いもあります。
「変えれば、変わる」ためには、強い意志の力と決意、努力が必要に思え、「自分には無理だ」と思いたがります。
これもマインドの逃げ、罠なのでしょうが、どう対処したら良いのかが分かりません。
「大丈夫だ」と「言い聞かせ続ける」ことなのだろうか、と思います。
naoさん。
初めまして。みつばちと申します。
私もnaoさんと同じような気持ちを経験しているので、
naoさんの書き込みと皆さんのコメントに
救われています。
naoさん、書き込みをして下さってありがとうございます。
☆nana&Joeさん
離人症の傾向があるかもしれない、というのは、通っていた心療内科でも言われたことがあります。
でも、私の感覚としては、一般的な離人症の症状である「周囲や自分自身に違和感を感じる」ということは無く、
とにかく、あらゆることが、すぐに遠くなってしまう・・・という感じです。
だから、離人症とは違うのかな?と、自分では思います。
喜びや愛は、その瞬間は、感じられているように思います。
ただ、すぐに過ぎ去ってしまい、自分の中に残りません。
そのために一層、自分の心が空っぽに感じられます。虚しくなります。
指の間からどんどんこぼれ落ちて行って、何も残らない・・・まさにそういう感じです。
自分には愛が分からない、人の繋がりを感じられない、欠陥人間だ、と思うのは、そういうところから来ている部分も多いように思います。
私はその理由を、自分が真剣に生きていないからだ、ウソをついて生きているからだ、と思って来ました。
(実際にそういう感覚が強いわけでは無いのですが、何故か昔からそう感じます。)
一生懸命に身に着けた演技や、アタマでの判断ばかりで生きているうちに、本当の自分が分からなくなってしまった、
本当の自分の気持ちや感じていること、望みが分からない、
でも、もうずっとこのままなのだろう、と思って来ました。
こういった症状も、回復するのでしょうか?
生きている実感、喜び、愛、そういったものを、私も、心の底から感じられるようになるのでしょうか?
でも、じゃあ、喜怒哀楽を表現しないタイプかと言うと、そうではありません。
こちらのフォーラムには、実際の私をご存知の方もいらっしゃいますが、
喜怒哀楽の表現は、逆に、むしろ大きい方だと思います。
今は、「わざと」そうしている意識はありませんが、
これも未だに「明るい快活な自分」で在ろうとするが故の擬態なのかもしれない、と思うこともあります。
子どもの頃は、目立たない大人しい子どもだったようですが、
20歳くらいの頃、人を笑わせることの喜び・嬉しさを知り、
また、「明るく大らかで楽しいことが好きな自分」を自分の中に見つけ、その面を強く表現したところ、
「人の輪の中心で、人に囲まれる自分」になることができたのです。
嬉しかった。
人の輪の中に居られること、人に注目してもらえること、私が言ったことで笑ってくれる人がいることが、とても嬉しかった。
「本当の私は、明るい大らかな人間だったんだ。これでもう悩まずに生きていける!」って。
でも、やり過ぎちゃったんです。
必死で演技してしまった。「変われた」ことが嬉しかったから。
そして、疲れ果てたんです。
それに、「みんなが注目してくれる、笑顔を向けてくれるのは、『本当の私』ではない。醜い『本当の私』を知ったら、誰も私のことなんて好きになってくれない。」そう思いました。
そこから過食症が酷くなったり、軽い対人恐怖症のようになったりもしました。
(今は瞑想のおかげか、過食症はだいぶ収まりましたし、対人恐怖のような状態はありません。)
その後、バックパッカーでふらふら旅行するようになり、そこでの経験から、それまでよりはだいぶ楽になりましたが、
一時は、本当に、「外では常に演技していなければならない」状態でした。
今はずいぶん楽になったし、落ち着いているのに、やっぱり「空っぽな感じ」は無くならなくて。
感動して涙を流すことも、心の底から楽しいと思うことも、人に感謝することもあるのに。
すぐに忘れちゃう。
自分のことを、冷酷で誠意の無い、薄情な人間だと感じます。
(そういう自分は「本当の自分」ではない、という知識を得てからも。)
あ、そういえば、喜びや愛は遠いのに、ネガティブな感情は、「間違いなく自分のものだ」とリアルに感じます(笑)
不思議なものですね。
私も「自分」を生きたい、そう思います。
eコース、怖い気持ちもあるけれど、やってみます。
また長々と書いてしまい申し訳ありません。
nana&Joeさん、本当にありがとうございます。
****************
☆Greenさん
こちらこそ、こうしてお返事をいただいて、
そして「仲間」だと言っていただけて・・・本当に嬉しいです。
いま、リトリートのフォーラムなどを読んでいますが、
「どうしてみんなこんなに『愛』を実践できるのだろう?」と思います。
Greenさんや皆さんの率直さと温かさ、優しさ、誠実さに、感動すると同時に、
圧倒されて、恐れを抱いている自分も居ます。
「自分はここに参加する資格など無い」と感じたりもします。
・・・でもこうして書いているのですから、皆さんと繋がりたいのでしょうね(笑)
先ほど書かせていただきましがた、
「変えれば、変わる」を読み終えましたが、エゴの抵抗がすごいです(T_T)
一度だけでなく、Greenさんのように、何度も読んでみようと思います。
「変わる」には、決意が必要ですね。
根性無しの私には、あまりにも高いハードルのように思えてしまいますが、
少しずつでも、実践して行きたいです。
Greenさん、ありがとうございます。
****************
☆つきさん
こちらこそ、お返事をくださって嬉しいです。
ありがとうございます。
>すべての変化はよい変化なのだと
>いまはしんじていますし、実際そうなっていると感じています。
「知識」ではなく、そう実感できると、
すごく大きな変化に繋がるように思います。
でも、いきなり実感はできませんよね。
ついつい、ラクして結果を得よう、としてしまいますが(^_^;)
実践するしか無いですよね。
>『わたしはこの体験からなにを思い出したがっているのかな?』
この問いかけ、私も早速、いまモヤモヤしていることについてやってみました(笑)
・・・感情やマインドの声がぐるぐるしてしまって、分かりません(T_T)
でも、答えって、マインドで「見つける」んじゃなくて、理屈じゃなく感じるもの、なのでしょうね。
つきさんは、合気道への疑いようの無い思い、喜びを思い出されたのですね。
腰、どうぞお大事になさってください。
つきさんが合気道を楽しむ日を、私も楽しみにしています☆
つきさん、ありがとうございました。
****************
☆tinkさん
ありがとうございます。
>その「何か」が何であるのか。
>例えば「愛」だったり「繋がり」だったり「信頼」だったり・・・
そうですね、まさにそういうものを感じます。
それに対して、Greenさんへのお返事にも書かせていただきましたが、抵抗を感じるのも事実です・・・。
失礼を承知で申し上げると、
「実はすごい無理をしているんじゃない?そんなにいつも「愛」で居られるわけが無いよ。
自分を抑えてそういう選択をする、そんな辛いこと、私にはできない。」
・・・こんな風に思う自分も居ます。
そう感じるのは、皆さんの生き方、選択(「愛で在ること」)が、
私にとっては「大変なこと、辛いもの」に思えてしまうからです。
もちろん、私の内面の問題ですよね。
皆さんは恐らく、「辛いこと」とは思っておられらず、「無理をしている」わけでも無いでしょうから。。。
フォーラムを拝見していて、tinkさんの「ようこそ、宝島へ」の呼びかけ、すごく温かいなあ、と感じます。
正直なところ、最初は、他にもそう書かれている方がいらっしゃいましたが、tinkさんの呼びかけに「??」と思ったのです。
「どうしてtinkさんが??」って。(ごめんなさい。)
でも次第に、tinkさんの言葉に込められている「想い」のようなものが伝わって来ました。
思い切って書き込んだ時に、あんな風に迎えていただいたら、すごく嬉しいですね。
この宝島で何を選択するかは、自分次第なのですね。
あはは、怖いです。
私はきっと、「自分で決める、覚悟をする」ことも、とっても怖いのでしょうね。
tinkさん、温かく迎えてくださって、本当にありがとうございます。
nao さま
こんばんは。Green です。
nao さんには、nao さんが生きていてくれるだけで、そこにいてくれるだけでいいと思っていてくれるご家族、お友達がいらっしゃいますよね。ふと、nao さんの周りにいらっしゃる方たちのことを思いました。
nao さんの問題って何?とわからなくなり、nao さんの初めての投稿から読みました。
そして、読みながら思いました。もしかしたら、世の中には nao さんが感じていらっしゃるように、自分のことを、周囲の人々のことを感じている人って案外多いのかもしれないと。
nao さんはここにつながった。それは大きな変化でしょう。そして、その変化は「良い変化」。
私は、そう断言できます。
Green
naoさんはじめまして。sophyと申します。
>「変わる」には、決意が必要ですね。
決意なんていりませんよ。
逆に意識しすぎるとマインドの抵抗が強くなると思います。
マインドの抵抗が強くなって、出てくる感情は、おかしなことに『自分』を責めてしまうのですよね……。これで傷つく。ああ、こんな私は駄目だ……と。
嫌な感情が出てきたとしても、自分を責めないでくださいね。
『どんな感情があっても、なくても、私は愛されるに値する』この言葉を送ります。
>根性無しの私には、あまりにも高いハードルのように思えてしまいますが
そんなことはないです。sophyは根性ありません(笑)
マインドが求める『変化』は突飛で無理なものばかりです。
私個人の主観としては、変えれば変わる を読んだ時点でnaoさんの内側の世界は変わっています。眼には見えなくても……。
心配しなくても、気張らなくても、焦らなくても、大丈夫。
naoさん
こんにちは。
naoさんの書いておられた『空っぽな感じ』わたしもずっともっていました。
でも、いまはそうじゃないなぁとおもって
どういうわけで解消されたのかなぁと考えたら
じぶんの感情を味わうことに抵抗がなくなっていたからでした。
>『わたしはこの体験からなにを思い出したがっているのかな?』
この問いかけ、私も早速、いまモヤモヤしていることについてやってみました(笑)
・・・感情やマインドの声がぐるぐるしてしまって、分かりません(T_T)
ありがとうございます。
ことば足らずになってしまったけれど
(まさか試してくださるなんて。ありがとうございます。^^)
実はこの手前にじぶんの感情をじっと味わっているんですね。
痛みとか悲しみとか怒りとか
いわゆる『まっくろなきもち』を。
どっぷりつかると、その中でもみくちゃになるので
じっくり感じつつ、じぶんのはなしを聞くことにしています。
(もうひとりの自分を登場させる感じです)
そりゃあもう、すごいことばが出てくるときもあるんですよ。(苦笑)
でも、いろんなじぶんの中からあらわれる気持ちを
ぜんぶ受け止めて、聞いてあげるんです。気が済むまで。
落ち着いたなとおもったら
そのとき初めて問いかけます。『あなた(わたしのことです)はどうしたい?』と。
その流れでやっと『わたしはこの体験からなにを思い出したがっているのかな?』が出てくる感じです。
*
わたしがじぶんは空っぽだって自覚したのは
ずいぶん大人になってからでしたが
nana&joeさんのセミナーに参加してみてよく理解できたのは
『いいひと』の仮面をかぶって生きてきたのは
自分が自分を生かすために必要なことだったということでした。
マインドは悪者じゃなくって、むしろ自分を守るナイトのような役割だとおもいます。
でも、(体験して)感じてみる前にナイトが登場するばかりだと
ほんとうの意味で体験することができません。
きっとそのことが『空っぽな感じ』につながるんじゃないかとおもいます。
>でも、答えって、マインドで「見つける」んじゃなくて、理屈じゃなく感じるもの、なのでしょうね。
だから、まず、ご自身の中からこみ上げるものをせき止めずに(←きっと、いままでマインドで止めてるはずです)
しっかりと受け止めてあげてくださいね。^^
わたしはいまでもひとりになってよくやりますよ。
激しい感情がでてくるときだけでなくって、なんだかモヤモヤしてるときも。
自分の中からでてくるものをジャッジせずにみつめてみて
そしてどうしたいのかを楽しみながらチョイスしていけばいいのかなと
いまは、そんな風に感じています。^^
コンパクトにするつもりが
またもや長文に。^^;
みなさま失礼しました。^^
みつばちさん、こんにちはtinkです。
>私もnaoさんと同じような気持ちを経験しているので、
naoさんの書き込みと皆さんのコメントに
救われています。
みつばちさんの経験をみつばちさんの言葉で可能であればここにコメントしていただけたら・・・
そのコメントで救われる方いらっしゃるのかも・・・
いろんなtinkがいます。
ここで「愛で在る」tink。
こどもちたちをでっかい声で叱っているtink.
主人の言動にカチンときて怒っているtink.
震災や台風後の映像をみて悲しい思いになるtink・・・・・etc
いついかなる時も「愛で在る」はいまのわたしにはできていません。
目指すはいついかなる時も「愛で在る」ですが、
それができていない今もOKだと思っています。
完全完璧にいつも愛で在るならそれは神だと・・・
いまここに身体を持っているからこそいろいろな思いを感じることができるのではないかなぁ。
だから自分を抑えてないのです。在りのままの自分なんです。
たまたまここで見せるtinkは愛で在るを選択しているtinkなんです。
少し長くなりますが、ウェルカムメッセージについてもう少し書かせてください・・・
何故、いち訪問者のわたしがウェルカムメッセージを書いたのか・・・
それは、ここに書き込むってすごい決心や勇気が必要だと思います。
わたし自身もそうですから・・
もしその時、スル―されたらどんな思いがするだろうと考えました。
わたしはお一人お一人のすべてのコメントに対してシェアするものや、
お手伝いできるスキルは持っていません。
でもコメントされた方に「勇気を持って繋がってくださってありがとう。傍に居ますからね。ここはあなたが必要としているものはなんでもありますよ。」って思いをお伝えすることはできるとおもいました。
たまたまあのメッセージを書いたのがわたしなだけで、nana&Joeさんをはじめココに訪れる方の思いだと。
そしてワンネス。私たちは一つです。
だからいち訪問者のわたしが書いたっていいのかなって・・・
書けるときは書きました。わたしが書けないときは仲間たちが・・・
それに対していろいろな思いもあるでしょうが、
わたしは他人からの評価は気にしません。
わたしはここで愛で在ること、それを選択することで目指す所へ近づこうとしています。
そうしてわたし自身で自分の人生を創造しています。「しあわせ」な人生の創造です。
naoさん
eコースに取り組んでくださって、ありがとう。
ご質問のほとんどは、その中かあるいはこの上のフォーラムで
答えが見つかると思いますので、あせらず、マイペースで見つけ出していって下さいね。
その過程の中で、自分の経験とピッタリ重なる時がきっと来ます。
「ああ、このことか!」・・・これが、腑に落ちるということです。
>喜びや愛は、その瞬間は、感じられているように思います。
それなら、なんの問題もないのですよ。
もともと喜びや愛は、「今ここ」で「感じる」ものですから
(誰かからもらった愛は、忘れずに、きっちりお返ししなきゃ…
というのも、ずいぶんマインドよりのアイディアだなぁ)
次の瞬間には、すべて(愛も喜びも、悲しみも怒りも)が過去のデータになります。
その際に、マインドはいわゆるネガティブな(次の危険に備えるために役立つ)経験を
真っ先に、しっかりとデータ保存するんですね。
生き残ることに必死なマインドにとって役立つのは、ネガティブな方で
「愛や喜び」を保存しておく必要はないのです。
幸せでなくても、とりあえず「生き残る」ことはできますから。
またメルマガの方でも、少しずつ書きますね。
つながっていてくれて、ありがとう。
***
tink さん
いつもありがとう。
>ここで「愛で在る」tink。
>こどもちたちをでっかい声で叱っているtink.
>主人の言動にカチンときて怒っているtink.
>震災や台風後の映像をみて悲しい思いになるtink・・・・・etc
そのどれも、どの瞬間も、愛ですよ。
ただ表現の仕方が違うだけ。
いつでも、好きな表現を選択できるようになるといいよね。
(それが、コンシャス・リビング「意識的に生きる」ってことね)
nana&Joeさん
いつもありがとうございます。
>そのどれも、どの瞬間も、愛ですよ。
そうでした(汗)
>(それが、コンシャス・リビング「意識的に生きる」ってことね)
「意識的に生きる」ってことで最近こんな経験をしました・・・・
3月のころから時々、胸が痛くなったり息苦しかったり
目の血管がきれたりってことを繰り返すものだから8月に病院にいきました。
調べていただきましたが以上はなかったのですが
血圧が少し高めだから毎日朝晩血圧を計って記入しなさいと先生に言われました。
今までわたしは全然自分の身体をいたわってきませんでした。
ほったらかしでした。
そのことに気がつき意識的にマッサージやサロンにいったり
朝おきたらからだに「今日もよろしくお願いします。」日中もからだに声をかけ、
入浴時、からだの隅々に感謝を伝え丁寧にからだを洗い。
お風呂あがりに自分でオイルマッサージをしたり、寝るときは「今日も1日ありがとう。明日もよろしくお願いします」と意識的にからだに感謝していました。
すると血圧がいい感じに下がってきました・・・・・
でも・・・・
ここ1週間くらい意識的でなかったのです。
すると、じわりじわり血圧がもとに戻ろうとするのです。
いまわたしのからだがわたしに
「意識的に生きる」重要性を教えてくれている気がしています。
こんにちは。神との対話は最初から読んでリトリートにも出させて戴きましたが、
自分の指先ほども癒せていないようなのです。
私には家族がありません。友人もほとんどいません。
夢もやりたいこともなくて、些細なことで傷ついたとき話せる人がいません。
友人たちにはそれぞれ家族があって、仕事も忙しくて、メールをしても返信が全くなかったり
するので、自分の痛みや苦しみ、小さな愚痴も話してはいけないなと、思うようになりました。また私の想いをそのまま人に話すと、重すぎて受け止めてもらえないようなので、余計に他人に話すものではないんだろうな(大人はきっと)ってそんな風にも思うようになりました。
私は元々は感情の起伏が激しくて、自分のことを人に話したがる性格です。
最近はどちらも人の迷惑になり、皆自分のことで精一杯なのだと思うようになったので、
感情は自分の中に閉じ込めるように変わってきました。
私を必要とする人はいません。ニールさんの本では「必要とされないことを喜びなさい」とあります。だから「これでいいのだ。私は誰からも求められなくていいのだ」とも思います。
その代わりやりたいこともなく、家族もない自分は、何のために生きているのだろう、なぜ早く死ねないのだろう、いっそのこと死んでしまおうか、といつも考えています。
人は人と関わって生きていられるのだと思います。
私には本当に誰もいない。話を聴いてくれる人が、理解してくれる人が誰もいない。
人と分かり合えず、謗られる恐怖と不安。
死んだ親への懺悔、懺悔、懺悔の苦しみ。
親の元へ早く行きたいという願い。
どこにも繋がる場所がなくてここへ来ました。
苦しみの輪から出ることができません。助けを下さい。
どうぞ私を責める言葉をせめて書かないで下さい。
♪。・:*:・゜
みづきさん こんにちは スピカです。
ここに来てくださってありがとう。
自分にとって助けが必要なとき、我慢し続けず助けを求められたこと。
みづきさんの中に苦しいときに、苦しいと正直に言える強さを感じます。
>何のために生きているのだろう
この答えを知り、それを生きることは、みづきさんにとって、
そして、すべての人にとっての課題と学びだと思います。
<生きるとは何か〜命とは何か><わたしは何者か>
<わたしはここで何をしているのか>
ここは、こういったことを共に学び合える場所です。
みづきさん。
自分は独りだと思えるとしても、あなたは決して独りではありません。
(例え、いまはそうは思えなくても)
そして、孤独を味わいつくしたのなら、これからはつながりを
経験するときです。
ここにつながっていてくださいね。ありがとう♪
ここでは誰もあなたのことを責める人はいませんよ。
書いてある内容、悲しみ・苦しみは痛いほど伝わりました。
死んでしまいたいという思いも伝わりました。
誰か一人でもいい、そばにいてくれたらと思う時ってあります。
よく分かります。
友達もあなたのことが疎ましいわけじゃない。
忙しくて、慌ただしい毎日に追われて、余裕がないだけなのかもしれない。
今は目に見えないかもしれないけど、
あなたを愛してくれる人はいます。
必ずいると思う。
あなたにもきっと生まれてきた理由があるはずです。
少なくとも私は、あなたが暖かい人たちの中で
微笑む日が来るように願ってます。
みづきさん
ほら、もう一人ぼっちじゃありませんね! ;)
>人は人と関わって生きていられるのだと思います。
そのとおりですね。
>私には本当に誰もいない。話を聴いてくれる人が、理解してくれる人が誰もいない。
・・・ならば、ニールさんの教える魔法はこうです。
「あなた自身が、あなたの望む人になりなさい」
みづきさん、まずあなたが、一人ぼっちで寂しく思っている人の気持ちに寄り添って
話を聴いてあげて、理解してあげる人になるんですよ。
それを望んでいるのは、みづきさんだけではないのですから。
というより、誰だってそんな人に傍にいて欲しいと思っています。
それとね、喜怒哀楽…感情があるのは、健全なことです。
みづきさんのように、自分でも抱えていたくない感情を
周囲の人にぶちまけないように配慮するのは、いいことですよ。
それに気づいて行動を変えられたんですから
すでに、ずいぶん大きな成長をされたってことでもあります。
あと考えるのは、ぶちまけずに留めた感情を、自分の中に押さえ込む以外の方法
手放したり、昇華したり、あるいはしっかり受け止めて、味わって
成長の糧、豊かな人生のスパイスにする方法など
自分に合うやり方を、いろいろ試して見るといいですね。
どのリトリートでもそのためのツールを学んでいるはずですから
使ったテキストを復習してみてください。
繋がってくれて、ありがとう。
nana&Joe様、皆様、はじめまして。
「変えれば、変わる」を読みました。
内容はとても素晴らしく、是非実践して、本当に変わりたいと思っています。
(メルマガやフォーラムは、少し以前から拝見させていただいています。)
どうぞよろしくお願いします。
本を読んで、全てを魂の視座から見ることが大切、と教わりました。
魂の視座から見れば、私はあるがままで愛そのもの、豊かさそのものである、といいますよね。
私は、このことを信じられるのですが、なかなか実感することができません。
何をどこから書けばいいのか分からないのですが、
まず、自分が嫌いです。
だから、基本的に人が怖いし、人とつながることができません。
どんな自分が嫌いかというと、
自分のなかに何もない虚しい感じがします。
いったい何が好きで、何をしたいのか、自分の良いところとは何なのか・・・・・・
自分でも自分がよく分からないのです。
こういうはっきりしない自分がとても嫌です。
私の場合、物心つくころからそんな子供だったので、そうでない自分がどんな自分なのか、よくわかりません。
極度の無口で引っ込み思案で消極的で受け身で依存心が強くて弱虫な、それでいて我が強くて人一倍プライドが強い、そんなネガティブな自分ばかりがよく見えます。
昔は、人が明るく楽しそうにしているのは皆、演技でわざとそうしているんだと本当に思っていました。
余りにもネガティブで覆い尽くされて、自分の光が見えなくなっているのでしょうか。
子供の頃からそうだったというのは、前世からの何かを持ち越しているから、というようなことなのか・・・・・・
「ありのままの自分を愛すればいい」というのも、どうもスッキリと腑に落ちないのです。
現状のままの、そのままの自分を愛するって?
こんな自分をどうやってそのまま受け入れられるのか?
逆に、今生きている自分が本当の自分とかけ離れているから、こんなに苦しいのだと思えます。
マインドではなく、魂の視座で見る、と言葉でいうのは簡単ですが、具体的にどうしたらいいのかわからず、困っております。
自分が好き、と心から言える自分になりたいです。
そうしたら、生まれてはじめて、安心できるのかもしれません。
今度こそ「変えれば、変わる」を実感したい!
nana&Joe様、皆様、こんな私に、どうか良いアドバイスをお願いします!
そりさん、初めまして。
みつばちと申します。
アドバイスになるかどうかは分かりませんが
私の経験をお話させてください。
私も小さい頃から、周りの目がとにかく気になり
全ては周りの基準で判断していましたし
誰からもよく思われたくて、こういう時はこう”すべき”とか
こうしたら無難だとか、そんなことばかり考えていました。
だから、自分が何なのかさっぱり分からず、そりさんと同じく
自分が好きだなんてこれっぽっちも思えなくて、
生き辛さを感じていました。
本当の自分って何だろうとずっと考えていました。
私の場合は、”それでも何とか生きている自分”を少し認めるところから
始まったような気がします。
それから、自分が心地いいこと、わくわくすることを
見つけていくようにしました。
自分にはそんなものはないと思っていましたし
感覚としてよく分からなくなっていましたから
初めはやはり難しく感じました。
でも大丈夫だったんです。
日常的な簡単な選択から始まり、だんだん自分の在り方を
思い出すことができるようになってきました。
自分がほっとすることを優先するんだ、という気持ちで毎日過ごしているうちに
自分の心が落ち着くもの、自分にとって自然な考え方が
以前よりずっと分かってきました。
今も模索中ですが、以前よりずっと生きやすくて
自分も周りも愛せるようになってきたと感じています。
長くなりましたが、読んで下さってありがとうございました。
*tinkさん
大分経ってしまいましたが、コメントありがとうございます。
tinkさんのコメントが今回の書き込みのきっかけになったように思います。
そりさん、初めまして悠々と申します。
〉ありのままの自分を愛する。
私にとっても、愛するという言葉は大き過ぎて、なかなか自分の中に入ってきませんでした。
私は、「認める」という言葉に変換しました。または、「受け入れる」
だって、仕方がないですよね。私も相当プライド高いし、嫉妬心も強いし、心配性だし、
それに、それらを一気に手放せるくらい悟ってないし、その状態で 「嫌いな自分を愛せ」と言われても、
私は無理でした。出来ませんでした。
けれど、ニールの教えてくれることは、素直に理解できたので、そりさんと同じで、
「信じてみよう」
と思ったのです。どうしても信じたかったので、言葉を自分が受け入れやすいものに変えてみたのです。
認めよう、認めよう、嫌いな自分はここにいるけれど、仕方が無いもの、直ぐには消えてくれない。
とにかく認めました。
嫌いな自分に抵抗せずに認めることを続けていたら、何故か、愛おしくなってきたのですよ。
その辺くらいから、ちょっと、それまでの視座に変化が現れてきたように思います。
そりさんは、すでに、はっきりとご自分のことを観察できていると思いました。
そこが、スタートラインではないでしょうか。
そり さま
はじめまして。Green と申します。
>自分でも自分がよく分からないのです。
とおっしゃっていますが、
>極度の無口で引っ込み思案で消極的で受け身で依存心が強くて弱虫な、それでいて我が強くて人一倍プライドが強い、そんなネガティブな自分ばかりがよく見えます。
と、とてもよくご自身を観察していらっしゃいますね。あまりにもネガティブな自己判断ですが。。。
良いところも絶対おありだと思いますよ。ここに投稿したご自身をほめてみるとか?きっと本もたくさん読んでいらっしゃるでしょう?
>今度こそ「変えれば、変わる」を実感したい!
心からそう望んでいらっしゃるなら、絶対変われます。
『変えれば、変わる』を2度以上お読みになって、『神との対話』をお読みになって、e-book を実践なさることをまずお薦めします。
それに、きっと nana & Joe さんが TRE について教えてくださる時、それが大きな助けになると思います。
どうかそれまで、まずはご自身で取り組まれてみてください。
行き詰まった時は、どういう気持ちでいらっしゃるのか、どうぞここに書き込んでください。必ず誰かがサポートするはずです。
自分を救う方法は、自分が知っています。わかっています。顕在意識ではわからなくても。
Green
そりさん こんにちは スピカです。
ここに来てくださってありがとう。
「変えれば、変わる」を読んでくださったんですね。
魂の視座からみれば、私はあるがままで愛そのもの
豊かさそのものであることを信じられるのだけれど
自分の実感が一致しないことに対する疑問。
この気持ち、わたしも経験あるので、とてもよくわかります。
どうして、実感が湧かないのか。
わたしの場合は、根源の意識の中に〜わたしは何者であるという深い場所に
<わたしは、愛されないダメな人間だ>
ということを決めて、それをずっと貫いていたからでした。
そして、それは、自分自身で決めたからで、自分が生きるために
守るために、そのときのわたしにとっては、必要だったことなのです。
>マインドではなく、魂の視座で見る
と言葉でいうのは簡単ですが
具体的にどうしたらいいのかわからず、困っております。
いますぐ腑に落ちなくても、必ず腑に落ちることは訪れますから
ゆっくりと感じていけば、大丈夫ですよ。
いま、具体的に取り組めることをお伝えしますね。
1つ目。これが一番のおすすめです。こちらのホームページからダウンロードできる
待望のeコース!「魂の目的を生きる」
こちらの Part 2 Recreating Yourselfに取り組まれると、ご自身の経験や
ご自身を、深く見つめ直すことができます。そして、その後
Part 1 Bringers of the Lightに取り組むと、ご自身が何が好きで、何をしたいのか
がみえてくると思いますよ。
また、変えれば変わるを一度で理解することは難しいですから
何度か読み直してみることもおすすめです。
2つ目は、わたしが実際に取り組んで効果があったことです。
ネガティブな自分ばかりが見えるのですよね?
自分がネガティブだと思ってる自らの性質の裏に、ポジティブが
潜んでいるのを見つけてください。
例えば、<極度の無口で引っ込み思案>
これは、視点を変えて表現すると<奥ゆかしく、しとやかな様子>ともなりますね。
さいしょは、これは絶対ネガティブなことであると決めているので
見つけにくいし、認めにくいかもしれませんが
ご自身のペースでゆっくりと見つけていくことで
バランスがとれてくると思います。
そして、ネガティブと思っていたことが
実は、光でもあったことに気付かれていくでしょう。
ここにつながっていてくださいね。ありがとう♪
みつばちさん、悠々さん、Greenさん、そしてスピカさん。
お返事ありがとうございました!
皆さんのかけてくださった暖かいお言葉の数々が心にしみました。
それぞれのご経験からお話ししてくださったので真実味にあふれ、とても参考になりました。
今後、アドバイスいただいた内容を焦らずコツコツと取り組んでいきたいと思います。
そのうえで、もしまた行き詰ってしまったら、書き込みさせていただきますね。
最後まであきらめないこと、必ず解決できる道があることを信じ、
小さな気づきや変化を喜びながら、少しずつでも進んでいけたら・・・と思っています。
素晴らしい本、そして皆さんからこんなふうにサポートしていただける場所に出会えたことを感謝いたします。
ありがとうございました!
こんにちは♪tinkです。
ここ一ケ月ほど、季節外れの冬眠をしていました(笑)
その間、PCの前に座ることもあまりなく
ただただ「向き合う」ことに専念していました。
落ち込んでいたのではなく、ただただ向き合う。
そんな毎日でした。
自分なりの新しいステージでの人生の再創造のために。
そこで感じたこと・・・
何度でもいつでもすきなように自分の人生は自分自身で再創造できるのだと。
こんばんは。Green です。
コメント数32という数字を見た瞬間、Tink さんからだと思いました。BINGO!
>何度でもいつでもすきなように自分の人生は自分自身で再創造できるのだと。
この tink さんのコメントを見て。書きたくなりました。
本当にその通りです。私の兄がいい例です。こちらのHPに何度か書かせていただきました、宗教とも言えない、お金目当ての団体を信じて、仕事と全財産を失った兄です。
この HP をお読みになった方々にご心配をいただきましたので、少し書かせていただきます。
彼は、起こったことは全て自分の責任と受け止め、心身を立て直すべく努力してきました。
私が nana & Joe さんのリトリートで学んだことも、兄をサポートする上で非常に役立ちました。私自身のありよう、彼の生き方を見通すことができたように思います。私は、魂の仕事から神の仕事に移行することを、完璧なタイミングで、兄との関わりにおいて実感し、実践できたように思います。
そして、今日、兄は、私の教室で、初めて、勉強につまづいて困っている中学生に助言をし、わからないところを教えました。社会復帰第一日目です。ありがたいことに、生徒たちは、兄から指導を受けたい、兄のところで学びたいと言ってくれました。
そこに同席した私は、半年前には栄養失調状態で、まるで傷ついた動物のようにおびえていた兄のことを思い出しました。とても同じ人間とは思えませんでした。
兄は、教育界では素晴らしい実績を挙げた人でしたが、今日生徒を帰したあと、「僕が本当にしたかったことは、こういうことだったんだな。」と言いました。輝かしい経歴を積む事では無く。
人は、本当に、いつでも、好きなように、自分の人生を自分自身で創造して行けるのです。
そして、それが、その人が本来歩むべき道ならば、あらゆる方面から、宇宙からの素晴らしいサポートをいただきながら、何の障害もなく歩んで行けるのだと、兄を見ながらしみじみと思いました。
兄と母のところに行きましたら、弟が、兄の社会復帰を祝うお料理とワインを用意してくれていました。家族で普通に食卓を囲める幸せを実感しました。
今までご心配くださったみなさま、兄はもう大丈夫です。本当にありがとうございました。
Green
GREENさん、うみです。
お兄さまのこと、自分のことのように嬉しく拝見させていただきました。
わたしも、頭だけではなく、心と自分の伴った仕事がしたいんだ、ということを再確認させていただきました。
ありがとうございます。
